傷だらけの天使の思い出を語る!オープニングやビルが懐かしい!

ショーケンこと萩原健一さんが2019年3月26日にお亡くなりになりました。謹んでご冥福をお祈り致します。

萩原さんと言えばわしらの世代からもう少し上の世代の方にとってはカリスマ的存在の俳優さんだったのではないでしょうか?1970年代にはトップクラスの人気を誇っていました。

代表作もいろいろありますが、何と行っても傷だらけの天使でしょう。わしらの世代にとっても青春?バイブル?と言う感じですね!

リアルタイムで見たかどうかは覚えてないですが、何度も何度も再放送されましたからね。10代の頃はよく見ておりました。

そこで今回は萩原さんを追悼する意味でも70年代の傑作ドラマ傷だらけの天使の思い出を語ってみたいと思います!オープニングや主人公が住んでいたビルも印象的でしたよね!

 

萩原健一さんについて

萩原健一さんは1950年、埼玉県生まれとのこと。少年時代は札付きの不良だったそうですね。

わしの記憶が確かなら、何かの雑誌で中学校の卒業式の日は留置場に入れられていて出席出来なかったという逸話を読んだことがあります。最も遠い昔のことですし、似たような逸話は他の方でもありますよね。

本当かどうかは分かりませんが萩原さんならありうるかも知れません。4度の逮捕歴がある方ですからね。

 

その後、17歳だった1967年に当時大人気だったグループサウンズの1つ、テンプターズのヴォーカルとしてデビューします。テンプターズ解散後は沢田研二などと一緒にPYGと言うバンドで活動していました。

そしてPYGが解散となった後は音楽活動よりも俳優としての活動が主になります。

 

個人的に印象に残っているのは太陽にほえろのマカロニ刑事役、傷だらけの天使、前略おふくろ様、祭りばやしが聞こえるとかですね。祭りばやしが聞こえるは柳ジョージとレイニーウッドの演奏するテーマが好きでした。

あと1988年の飢餓海峡も印象に残っていますね。犯人役を好演されていたと思います。

ただ70年代後半ぐらいまでが全盛期だったかも知れません。

 

傷だらけの天使のキャストと概要・その後への影響

傷だらけの天使のキャストですが、今の若い方たちだと知っているのは水谷豊さんぐらいですかね。お亡くなりになった方も多いですからね。

  • 小暮修 萩原健一 探偵事務所の調査員
  • 乾亨 水谷豊 同じく探偵事務所の調査員で修の弟分
  • 綾部貴子 岸田今日子 探偵事務所の経営者
  • 辰巳五郎 岸田森 綾部貴子の右腕
  • 浅川京子 ホーンユキ 探偵事務所の事務員

メインはこの5人ですね。岸田森さんは若くしてお亡くなりになられましたし岸田今日子さんも2006年に亡くなられています。ちなみにこのお二人はいとこ同士だそうです。

また水谷豊さんはこのドラマをきっかけにトップ俳優に上り詰めて行ったと言っても過言ではないと思います。

 

まあストーリーは探偵事務所の調査員として働く二人のチンピラの話ですね!

「アニキ~!」「アキラ~!」と言うやり取りが人気でした。わしらも10代半ばの頃にはよくマネをしたものです。

あとファッション的にはどちらかと言うとポマードで固めたリーゼント、スカジャンと言うアキラの方が印象的だったかも知れません。

 

また影響を与えたのは当時の10代、20代の若者たちだけではありません。1979年から放送された松田優作さんのドラマの代表作「探偵物語」にも影響を与えたと言われていますよね。

他にも90年代の傑作アニメと言われている「カウボーイビバップ」は探偵物語に影響を受けていると言われていますが、わしから見ると傷だらけの天使に近いような気がします。

他にも男性コンビが登場するドラマや映画、アニメはどことなく傷だらけの天使の影響下にあるような気がしますけどね。でもそれはわしらの世代だからそう見えてしまうだけかも知れません。

 

オープニングがカッコ良かった!

傷だらけの天使で特筆すべきはオープニングです。このオープニングは本当にカッコ良かったと言うか印象的でした。

ヘッドホンをして水中メガネをかけて寝ていた修が目を覚まし、トマトやコーンビーフにそのままかぶりつき牛乳を飲むだけなんですけどね。このドラマの熱烈なファンは、修が食べる順番まで完璧に記憶してました。

それと井上尭之バンドのテーマソングがまたカッコ良いですね!

そのテーマソングに乗って軽妙に進んで行きますが、わしらもよくマネをしました。またとんねるずとかもパロディをやっていたような気がしますけどね。

 

またテーマソング以外のサントラも印象的です。まず綾部貴子が登場する時の不気味な曲ですね。

でも何と言う曲かと思って今頃になってググってみたら、「マヅルカ」と言う曲だそうです。綾部貴子はこの曲を蓄音機で聴いてましたからね。その当時でもそんな奴おらんやろ~と思いますが。

それから頻繁に流れる「チャラッラ~♪チャチャッチャラ♪チャラッラ~♪」と言う寂しげなメロディとか修と亨が歌う「たまら~んたまら~ん♪たまらんぜ~♪たまら~んコケたら~みなコケた~♪」と言うフレーズも懐かしいです。

 

修と亨が住んでいたビル

それから修と亨はビルの屋上に住んでいました。わしは屋上に勝手に小屋を建てて住んでいたと思ってましたがペントハウスと言うことになってますねえ。

でも風呂もなくてドラム缶に湯を入れて入っていたはずです。ペントハウスと言うには無理がるような気がしますが。

それとドラマの中ではエンジェルビルと言う名前になっていますね。

ただ10代半ばのわしらにとってはあの部屋にも憧れておりました。将来はああいう部屋に住みたいなとか話してましたからね。

ちなみにあのビルは正式には代々木会館ビルと言う名前で今もあるとのこと。今度、東京に行くことがあったら見に行きたいです!

 

第三話の「ヌードダンサーに愛の炎を」が凄かった!

傷だらけの天使はコンプライアンスが厳しい今の時代から見ると考えられないくらい、過激なドラマでもありました。エロいシーンの多さでも話題になりました。

中でも強烈だったのが、第三話のヌードダンサーに愛の炎をです!ストリッパー役の中山麻里さんが惜しげもなく踊りを披露してくれました。また浅草ロック座の全面協力の元に撮影したそうですが、ロック座のお姉さんたちも出演されていました。

何しろAVとかなかった時代ですからね。それにコンプライアンスが厳しくないと言ってもテレビドラマであれだけのヌードシーンが出て来たことはそんなになかったと思います。

当時10代半ばだったわしもぶっ飛びました。まさに鼻血ブーでございました。

たださすがに批判も多かったのか、再放送だとこの回は放映されなくなって行きました。まあそれも当然かも知れませんね。

そのためその後は見る機会はなかったですが、おっさんになってからレンタルビデオ屋さんで見つけた時の感動と言ったら・・

10代半ばに戻ったような気がしました。

 

最後に・・

今回は萩原健一さんの代表作で70年代の名作ドラマ傷だらけの天使の思い出を語ってみました!

わしらの世代~もう少し上の世代の方にとってはバイブル的ドラマと言っても過言ではないと思いますが、いかがでしょうか。

個人的には再放送だけでなく続編も見てみたかったですけどねえ・・

ただ最終回で亨が死んでしまうので無理だったのかも。でもスピンオフドラマとかエピソードゼロみたいな感じなら可能だったと思いますが。

あと修のその後を描いた小説が2008年に出版されていますね。こちらも機会があれば読んでみたいと思います!