「担ぎ屋」とは?どんな仕事&いつまであったのか?

中国では11月11日を独身の日と言うそうでございます。

ここ数年は買い物をする日となりました。それが大当たりして今年2017年は2兆9千億円も売り上げが上がったらしいですね。

それにしてもに、に、に2兆9千億って君~!

やはりあの国の購買力と言うか消費は無視出来ませんわ。日本の商売人も中国に行商に行くべきかも知れません。わしも来年は中国のどこかに行商に行って、ゴザでもひいて何か売ろうかしらんと思うぐらいです。

ただそんな妄想をしていたら、ふと思い出したことがあります。何を思い出したかと言いますと、「担ぎ屋」と言う仕事です。

もう知っている人の方が少ないかも知れませんね・・・

電車

 

かつてあった「担ぎ屋」と言う仕事

わしが大学を出て就職したのが1980年代半ばです。で、東京勤務になったのですが、最初に会社が用意してくれた寮は千葉県の我孫子市の普通のマンションでした。

たまたまある社員の方が辞めて実家に帰ることになり、その方が住んでいたマンションが空くからと言う理由です。当時は遠いしそこに同期4人で住まわされて不満も多かったです。

 

で、我孫子に住むようになり、JRの常磐線で通うになりました。

通勤の時に気になったのが大きな荷物を背負った女性の方たちです。女性と言ってもギャルやおばさんではなくおばあさんが多かったですけどね。週末になると結構な人数のそういう方たちが常磐線に乗っていました。

わしは「この人たちは何をしているのだろう」と思ってましたけどね。

と言うか大きな荷物を持っているので正直ジャマでした。

 

ただ気になるので会社のおっさんに聞いてみたら、あの人たちは「担ぎ屋」だと教えてくれました。

東北の方から特産品や野菜などを担いで持って来て東京で売り、帰りには東京で日用品や生活雑貨などを仕入れて地元で売っているらしいです。また単に頼まれたものを東京で買って運ぶという買い物代行のようなこともしていたらしいですね。この場合は文字通りの「担ぎ屋」と言うか運送業と言えるかも知れません。

しかし小さなおばあさんがあれだけ大きな荷物を背負って長旅をするのは大変だったでしょうねえ。今から思うとうっとうしいとかジャマとか思わずに、少しは親切にしてあげれば良かったです。

 

担ぎ屋はいつ頃まで成り立っていたのか

しかし「担ぎ屋」と言う仕事はいつ頃まであったんでしょうね。さすがに今は存在していないのではと思います。

やはりコンビニが全国津々浦々に出来て、宅配がインフラとして成立してからは商売として成り立たないと思います。

となると90年代前半ぐらいまででしょうか。

 

しかし形を変えた「担ぎ屋」さんは残っているかも知れません。

かなり前に見たTBS系の番組の「報道特集」で、朝イチでマグロなどの魚を仕入れてその足で飛行機に乗り、タイの日本料理屋まで届ける仕事をしている方が紹介されていました。

確か「現代の担ぎ屋」と紹介されていましたはずです。でもいつ頃の放送だったか全く覚えておりません。田丸美寿々さんがキャスターをされていたのは覚えていますけどね。

こちらの国際的な「担ぎ屋」さんは今でもやっている方はいるでしょうね。

 

行商人と担ぎ屋との違いは?

それと私が子供の頃にも魚を担いで売りに来るおばあさんとか野菜などを売りに来るおじいさんとかいました。

こういう方たちは行商人と言いますよね。しかし「担ぎ屋」行商人とどう違うのでしょうか。イコールではないにしてもやっていることはかなり近いと思いますが、どうでしょうか。もしかしたら運ぶ仕事がないのが違いになるのかも知れないですね。

しかしその行商人も今はほとんど姿を消してしまいましたよね。

でも2015年に出版されたこの行商列車と言う本の説明文を見ると、今でも伊勢志摩から近鉄に乗って大坂まで行商に行く方たちがいるようですね。その列車を鮮魚列車と言うそうです。

と言うことは今でも結構な数の行商人の方がいらっしゃるのでしょうか。

しかし高齢な方が多いでしょうし、後継者もいないと思います。消えるのも時間の問題かも知れません。

それでも昭和の文化としてごくわずかでも残って欲しいと思います。あと魚を担いで大阪まで行くとなると大変だと思います。

今、現役の行商人の方はお体に気を付けて、出来る限り続けて頂きたいですね。